総人口6800万人は日本のおよそ半分ほど。それでいて国土面積は日本の1.6倍。
県の数も30も多い77県を誇るのが微笑みの国タイ。チャオプラヤー川やメコン川に代表される大自然、無数にある寺院と敬虔な仏教徒、豊かで味わい深いタイ料理などその表情も実にさまざま。
一方で、陽が落ちると街は喧噪に包まれ、きらびやかに光るネオンがもう一つの表情を醸し出してくれる。
バービア、マッサージパーラー、ゴーゴーバー…。一日の表情がここまで変わる都市も珍しい。
そんな昼と夜の表情を面白おかしくお伝えしようというのが本企画。名付けて「早撃二郎のタイ77県珍紀行」。
初回は「国境の街チェンライで置屋の栄枯盛衰を見た!」
早撃二郎の旅行記 タイ77県珍紀行
どうも、早撃二郎です。
タイの女にハマってしまい、日本から移り住んで間もなく3年の健康優良、少し肥満の肉食男子。
バンコクの暮らしにもそろそろ慣れ、飽きが来ていたところ。「タイの地方都市をめぐる旅をしないか」って誘いがあって、一も二もなく飛びついたのが事の次第。何が起こるか分からないぶっつけ本番の旅。十二分に期待してもらって構わないよ。
“その”ビッグな情報は、明日がチェンライへのフライトという直前になって僕の耳に舞い込んで来たんだ。
発信元は僕が「師匠!」って呼んでいるタイに住む日本人のフツーのおじさん。このおじさん発の情報、いつも、とにかくすごいんだ。
「チェンライ空港から国道1号線をまっすぐ国境に向けて走ると、沿道にいちごを売っている屋台がいくつもある。いちごはチェンライの特産品。若い女の子が店番している。実は、何とその女の子と、そこで×××ができる!」
だいたい、こんな内容だった。国境一帯を中心にかつては「置屋街」が点在していたチェンライの街並み。僕は言いしれぬ高揚感に包まれ、チェンライ県の最北端、「置屋街」で知られたメーサイをひとまず目指すことにしたんだ。
チェンライ国際空港へはバンコクから空路1時間少しの旅。
あっという間に着いて僕を待ち受けてくれたのは民族衣装で伝統楽器を奏でる10人ほどの少女たちだった。
どこか心に響く懐かしいメロディ。いずれも10代前半と見え、あどけさが残る。
カメラを向けると少し赤くなってはにかんでくれた。これは幸先いいぞ!
山岳民族の女の子たち。彼女たちの傍には募金箱が設置されていた。
駅でレンタカーを借り、早速、1号線を北上した。
バンコクの都心部パホンヨーティン通りから延々と伸びるのがこの国道。総延長は800キロ以上もあるんだって。
1号線はこんな遠くにまで来ていたんだ。知らなかったよ。タイの国道はとにかく長い。
バンコクのスクンビット通りも、パタヤーを経て、ラヨーン県まで200キロも続いているんだ。
可愛い娘が店番のいちご屋台に突撃
しばらく車を走らせると、なるほど、見えてきた。沿線の左右にポツポツといちごの即売所(屋台)。僕は店番の女の子の表情がガラス越しに分かる程度にスピードを緩めると、自分好みの子がいそうな店の前で車を止めた。
出てきて間近に見た女の子は確かに若い。聞くと20歳だという。地元メーサイの出身だとか。「いつからやっているの?」と聞くと、「3ヶ月前から」。ちょっと、ポッチャリめだったけど、思ったとおりの僕好みだった。
でも、彼女、どこか、ぎこちなく恥ずかしそう。「本当にこんなところで?」と思って小屋を覗き込むが、一戦交えることのできそうなスペースはない。ベッドらしきものもない。「ホテルにペイバーかな?」とも考えてもみたが、店を離れている間、誰がいちごの番をするんだ?
女の子は頬を少しばかり赤らめるだけで何も話さない。試しに、「外へ行くか?」という仕草もしてみたが、キョトンとされ通じない。結局、真相が分からぬまま、女の子の差し出すイチゴやライチのワインとかいう奇妙な味の一村一品運動の物産品を試飲していると、僕はもうすっかり酔っ払ってしまった。「まあ、次の店で聞けばいいや」と、その店を後にした。
最悪な国境ホテルにチェックイン!
4日間の旅だからまだずいぶんとある。
「いちご置屋」の真相は後回しにして僕はかつて「置屋街」で鳴らしたメーサイの夜の街をとりあえず目指すことにした。走ること1時間弱。
市街地にたどり着くと早速その日の宿探し。何軒か回ったところで見つけたのはエアコン付き450バーツの古ぼけた国境近くのホテルだった。
「国境に建つホテルなんて格好いいじゃないか。ロマンチック」
最初はそんなことも考えたけど、すぐに間違っていたことに気づいた。
国境を流れる川からはドブ臭い悪臭。窓の網戸は完全に閉まらずに夜になれば蚊が入っていることは確実だった。
エアコンと言ってもオンボロで付けると微妙にカビ臭い。
女の子を呼ぶことも考えてもう少しマシなホテルに替えようかとも考えたけどチェックインは済んじゃったしお金は返って来ないから勿体ない。
面倒くささもあって結局ここにした。
そうなると、取りあえずはメシだ。時刻は間もなく8時になろうとしていた。腹もすっかり空いていてすぐにでも空腹を満たしたかった。
僕は宿から遠くに見えた10分とは歩かない国境の川のすぐほとりにあるタイ料理屋へと足を運んだ。
「ラーンアーハン・スコータイ」と看板にはあった。「スコータイ食堂」といったところか。
スコータイ県はバンコクとチェンライの間にあってここから400キロ以上も離れている。ミャンマー国境でスコータイ料理が食べられるなんて。
何てラッキー。そう思って僕は早速メニューを取り寄せると中を覗き込んだ。
でもメニューに並んだ料理はバンコクにある料理屋と何ら変わりない。
名前だけかよ、そう思った僕は仕方なくビールと大好きなヤム・カイダーオを注文すると視線を川の流れに向けた。
すっかりと陽は落ちて気温が下がってきた。肌寒さを感じて店の温度計を見ると19度。僕はびっくりしてビールで腹の中から温めた。
国境とは何なのかを考えさせられる
しばらく飲食した後のことだった。
ふと真っ暗な水面で何か動いているのが見えた。「何だろう」と目を凝らすと、どうやら人影のようだ。
しかも全裸で衣類を頭の上に置いている。「密入国だ!」と咄嗟に思った。もう国境の検問所は閉まっている。
「なるほど、こうやってやるんだ」。
この目でその瞬間を見たのはもちろん初めてだった。暗闇の男はミャンマー側の陸地に上がるとそそくさと衣類をまとって暗闇に消えていった。
冷たい川を裸で渡る男性。写真左手がタイ、右手がミャンマー。 夜間は国境は閉まっており人の往来はなし。
置屋探しスタート!果たして・・・
感動覚めやらぬままメシを終え僕は目的地を目指した。師匠から聞いていた「巨根の祠(ほこら)」
ほどなく見つかるが周囲にいるのはモーサイ(バイクタクシー)が一台だけ。
「兄さん、この辺に置屋あるかい?」と不安になって聞いてみたが運ちゃんは首を振るだけだった。
「おととしアーミー(陸軍)が来たんだ」
軍政になってこの辺りの置屋は民家の中にある非公式なものも含めて全て廃業させられたのだという。
「捕まれば、逮捕されて、そのうえ罰金だからもうできないよ。女たちもいなくなった。お陰で俺たちの商売もあがったりだよ」
噂には聞いていたが国境の置屋街は壊滅というのは本当だった。でも肩を落としていても仕方がない。
僕はメーサイの国境周辺に数件しかないカラオケ、飲食店、マッサージ店、怪しげな明かりがある場所をしらみつぶしに訪ねてみることにした。
師匠が言って言ってたっけ。「男がいるところに必ず女あり。置屋壊滅は一時だけですよ」
2時間近くは歩き回ったろうか。
だが、どこも「女いるか?」の問い掛けにただ首を振るだけ。足はもう棒のようだ。
「スペシャルマッサージあるよ」というおばちゃんがいて思わずガッツポーズしたが単に巨体のおばちゃんが乗っかって来てマッサージするだけというにすぎなかった。
世も更けてきた。気温はさらに下がり街灯にある温度計は17度を指している。
「今夜は、もうダメか」と諦めかけていた時、最後に声をかけたモタサイの運ちゃんがグッドな情報を寄せてくれた。
「ここからずいぶんと距離があるが、女のいるバーがある。そこで、ゲットできるぞ!」
地獄に仏とはこのことだ。「運ちゃん、そこまで行ってくれ!」
こうして僕はメーサイの夜の街を、Tシャツに短パン、サンダル姿で目指すことにした。
「うわー!寒い!」モタサイの後部座席は極寒の地のように冷たかった。
念願の女!連れ出し交渉するが・・・
その店はメーサイの国境から南に2、3キロは下ったところにあった。
国道から脇道に入ったまさに路地裏。「運ちゃん、サンキュー」
そう言うと僕はチップ込みで100バーツを渡し、店の扉を開けた。看板には店名と思われる「888」という文字が掛かっていた。
鈴の音が鳴って開いた扉の中には5人掛けぐらいのカウンターに4人掛けのテーブルが2箇所に別れて計6卓ほどあった。
そのうちの4卓で暇を持て余した女の子たちが独占していた。
1階には客の姿はなくここで好みの娘を選び2階以上にある小部屋に入って酒やカラオケを楽しむというシステムらしい。
音量などからすでに数組が階上にいることが分かった。
店内の風景。女が約20人程待機していた。
初めてだったから恥ずかしさもあったけど、僕は女の子を物色した。ところが、女の子たちは皆スマホに興じて僕には無関心な様子。視線さえ送って来ようとしない。「何だよ、これ」
思わずそう言いかけた時、一人だけ僕に目を向けてくる女の子がいることに気づいた。
少し小柄でスレンダーの女の子。表情も悪くない。昼間のいちご娘よりは年齢は行っているようだったけど、この娘ならいけそうだ。そう思って僕は「キンラオ、ドゥーワイ、ダイマイ?」(一緒に飲むかい?)と声をかけた。
指名を意外に思ったのか大変な喜びようで、立ち上がるといきなり腕を組んできた。
僕が案内されたのは3階のカラオケ部屋だった。
カラオケの操作方法がわからず従業員男性にヘルプ。もちろん曲はタイの曲のみ。
女の子はタイ語で「何か飲む?何か歌う?」と聞いてくる。
僕はビールを注文しボーイが持って来てくれるまでの間女の子と世間話を試みた。
すると国境の向こう側から出稼ぎに来ているミャンマー人だと分かった。タイ語に特に問題はなかった。
色白で細めの彼女。見た目には20歳代後半に見えたけど、ひょっとしたら30歳ぐらいかもしれない。
でもあっちのほうは何ら問題なさそう。
そこで僕は「パイ・ドゥーワイ、ダイマイ?」と僕のホテルに来ないかと尋ねてみた。
意外だったのは彼女の反応だ。顔を曇らせうつむき、「ダメなの」と繰り返すばかり。
「どうして?」と繰り返し聞いて分かったのは、軍の監視がここまで及んでいるということだった。
巡回中の軍や警察当局に見つかれば、その場で逮捕、罰金、強制送還、再入国不許可ということらしかった。
「じゃあ、仕事が終わってからは?」
「終わるのは早くても4時よ。それに、貴方と店から一緒に出るところを見られてはダメなの。本当は行きたいんけど」
そういわれた僕はもうすっかり舞い上がってしまっていた。
「分かった。じゃあ、4時すぎに車で迎えに来る。国道沿いで待っているからここに電話して」
そう言い残すと僕は身支度を整え階下へと降りた。従業員に頼み込み国境沿いのホテルまでバイクで送ってもらった。
目覚ましを掛けていたけど、僕の眼は爛々だった。やっと巡り会ったタイプの女の子。
水しか出ないシャワールームで2回も水浴びをして時を待った。
午前3時すぎ、目覚ましが鳴る前にスイッチを切った僕。空港で借りたレンタカーを運転して、あの店の近くについたのは午前3時半を回るころだった。
ここで最悪、朝まで待とうと考えた。
午前4時、5時と経過するが、何の連絡もない。
少し離れた場所に止めていたため店の灯りはここからは見えない。国道なのに人通りは全くなかった。薄暗い街灯が寂しく地面を照らしていた。
野良犬さえも敬遠しそうな冬のメーサイ。
そこまでして彼女を待つ僕を我ながら愛おしく思った。(つづく)