タイガールとの楽しいひと時を目指すタイ77県凸凹ツアーは、今回がアユタヤ・アントーン編の最終回。
その中日、2日目の夜。しこたま酒を飲んですっかりできあがった僕は
千鳥足でホテルに帰ろうとしたその途中、絶世の美女と思われるマッサージ店の女性経営者ナムさんに遭遇。
「この人を絶対にゲットしたい」という欲求に包まれ、ダメ元を覚悟でトライを決行することに。
時計の針は間もなく、深夜12時を過ぎようとしていた。
さて、僕の奇行は果たして、吉と出るのか、凶と出るのか。
美魔女を口説きに突撃!結果は!?
「こんばんは」
努めて平静を装いながらマッサージ店「ナム・ペット」を訪れた僕は、半分明け放れたドアをわざとらしくノックして彼女の関心を引こうとした。
トン、トン、トン。
「まだ、いいかな?」
きっと、格好よく映ったに違いない。愚かにもそんなことを考えていた。
「あら!」と色っぽい声を出して近づいてきたのが、この店のオーナー、ナムさんだった。目尻の様子から判断した年齢は30歳代半ば。
経年変化は当然にあるものの、それでも相当の美形。
20歳代のころは、かなりの誘いを受けていただろうと思われるほどだった。
遠目に見ても、一目で虜となった僕の第一印象は間違ってはいなかった。
「君にマッサージしてほしいんだけど」
どんな表情をするのか関心があったが、彼女は包み込むような笑顔で、まずは「ありがとうございます」と百点満点の対応。そのうえで
「でも、ごめんなさいね。今日は、あと15分で閉店なの。最近は取り締まりも厳しくて、店を閉じなくてはならないの」
ご希望には応えたいのだけど諸般の事情でどうしても・・・と美しい眉を八の字に曲げて許しを乞うその表情に、僕はすっかりイチコロとなっていた。
「明日はどうだろう?」
と尋ねる僕にママさんの表情は一気に明るくなって
「本当!ありがとう。嬉しいわ!お待ちしています!」
と満面の笑み。それで気をよくした僕は
「マッサージをしてもらうのは君だよ」
と念押しし、翌日の予約をして店を後にした。
高鳴る鼓動を落ち着かせ遺跡観光へ
翌朝目覚めた時から、僕の心はナムさん一色だった。シャワーを浴びても、朝飯を食べながらも、彼女のことばかりが脳裏に浮かんで来る。
こりゃあ堪らないやと苦笑した僕は、ふだんはあんまりしない観光でもして、夕方まで時間を潰すことにした。
とはいえ、日中は暑く、何カ所も回れない。
そこで、鞄の奥底にしまってあったガイドブックを取り出すと、とりあえず目指す目的地を考えることにしたんだ。
結局、この日行こうと決めたのは、アユタヤ王朝の3人の王の遺骨が納められているという
仏教施設「ワット・プラシーサンペット」だった。
仏教施設なんだけど、国王の墓でもある不思議な遺跡。
タイの歴代憲法に「国王は敬虔な仏教徒でなければならない」とあるように
仏陀と国王を同視する、あるいはそれに近い考え方はすでに中世のころにはごく当たり前になっていたようだ。
タイ仏教徒の長い歴史をまざまざと感じさせられたよ。
ところで、このワット・プラシーサンペットは14世紀後半にアユタヤ王朝の始祖ラーマーティボーディー1世によって
宮殿として建てられ15世紀半ば以降に仏教施設に転用されたものとみられている。
祀られているのは、第9代の国王であるボーロマトライローカナート王と、いずれもその息子で国王を務めたインタラーチャー2世とその弟ラーマーティボーディー2世。
遺跡には3つの仏塔があるが、それぞれの墓だとされている。
漆喰などの保存状態も比較的よく、歴史学者の貴重な資料となっているらしい
敷地内は結構な広さで、遮蔽物は何もない。
僕は太った身体に鞭打ちながら、くまなく場内に足を運んだ(だって、やることないんだもん)。
暑い、暑い、暑い。したたり流れ落ちる汗。ファラン(西洋人)たち観光客は、あれこれとおしゃべりしながら颯爽と見学していたけど、こちらはこの巨漢。
移動するだけで大変だったよ。それでも、どうにか場内の外にたどり着いた僕。
秘密兵器のドローンで空撮に挑んだ。寺院でそんなことしていいのかいってかい?構うもんか。
近くでは、観光用の3輪タクシー・サムローの運転手が怪訝そうに見つめていた。
美魔女のマッサージを受けに行く!
ようやく日も暮れて、若干の涼しさが訪れて来たころ、僕は前線先の宿泊地アユタヤ・グランド・ホテルで身支度を調え
部屋を後にした。目指す先は言うまでもない。マッサージ店「ナム・ペット」
ところで、この店名。「ナム」はママの名前ということは分かるけど「ペット」は何だろう。
ずっと引っかかっていたので出がけに辞書で調べてみると、なんと、タイ語でダイヤモンドの意味。
へえ「私はダイヤモンドかぁ」
洒落た名前だと勝手に解釈して、ルンルン気分で店に向かったのは言うまでもない。再び店のドアをトントントン。
「ナムさんいますか?」
ところが店内には夕べいた太っちょのお姉ちゃんが一人。
「あら、来たの?ママは今、お客さんと出かけているわ」
なぬ!客だって。
「それは男か女か?」
「マイルー(知らないわー)」
出かけていることは知りながら、性別が分からないなんてあろうはずがない。
この太っちょ女め!と思いつつ、僕は沸騰しかかった頭を覚ますため
「ちょっと飲んでくる」といったん店を出ることにした。
アユタヤ・ロジャナ通りのリトル・トーキョーには大好きなバービアがいくつかある。
適当に店に入った僕はとりあえずリオ・ビールを頼むと、不満そうにそれをグビグビとやり出した。
「何だよ!今日行くよって言っておいたじゃないか!」
バービアにはせっかくお姉ちゃんがいるというのに、怖い表情の肥満男には誰も近づこうとはしない。
一方で、愚痴が口を突くほどに、酒は進む。1本、2本と飲むうちに、いても立ってもいられなくなり、マッサージ店でママさんの帰りを待つことにした。
途中、セブンイレブンに立ち寄って、酒とつまみを買って。
「ここで、ママを待つよ」
勝手にそう言って上がり込んだ僕を、太っちょのお姉ちゃんはフンと鼻でせせら笑った。
構うこっちゃない。こっちはママが目当て。誰が、お前のような太っちょを相手にするもんか。
自分の肥満体を横に置いて乱暴な言葉を心に抱いた僕は、勝手に店のロビーのソファーセットで一人酒盛りを始めたのだった。
お供には、ビールにタイウイスキー「セン・ソム」、それに若干の乾き物。そのうちに、すっかりできあがった。
「おい、太っちょ。お前もどうだ?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・。
ふっと気づいた僕の身体を優しく揺すっていたのがマッサージ店のママ・ナムさんだった。
「ナムさん!」
ママ登場!ことの顛末は如何に?
どうやら、酒をしこたま飲んでソファーで寝込んでいたらしい。
口元には、恥ずかしいほどのヨダレの後。それでもママが戻って来てくれたんだと思うとなんだか嬉しくて
「さあ、マッサージお願いだよ!」と笑顔で頼んで見せた。
ところがママは浮かない顔をしている。
「時計を見て。もう12時過ぎているのよ。貴方、ここでずいぶんと寝ていたの」
ガチョーン!オー・マイ・ゴッド!僕はなんて失態を演じてしまったのか。
営業時間はとうに過ぎて閉まっていたのだ。ママを待っていたとはいえ、酒に溺れた自分を恥じた。
ただ、一方でわずかな疑問も沸いていた。そう言うママはいったい、いつ店に帰って来たのか。
男と出かけていておいて。
僕の疑念と諦めは晴れない。明日のマッサージは君だよって、あんなに約束したのに。そこで別の誘い方をしてみることにした。
「分かった。じゃあ、ここではいい。代わりにママの部屋でマッサージを受けたいんだけど・・・」
僕としては最大の賭け。相手の自宅に行くんだから、マッサージの次はその先もという思いは当然にあった。
一方で、「代わりに貴方のホテルで」という返事も期待していた。
それだけに、ここで断られたらもう帰るしかないという捨て身の作戦でもあった。
予想外の申し出だったのか、想定内なのか、表情からは分からなかった。
ただ、優しい笑顔だけは変えずに、ママは静かに言った。
「いいわ。じゃあ、私の部屋に来てマッサージする?朝までいいわよ。ただし、料金は1万バーツよ」
「1・万・バーツ!」
あまりの衝撃で酔いが一気に覚めた。もちろん想定外。本気で言っているのか、何を考えているのか。
目を見開いて見つめる僕を、ママは子供でもあやすかのように微笑んで見つめ返す。
そして言うのだった。
「さあ、どうするの?」
「それはちょっと高いよ。5000バーツでどう?」
わずかに僕はそう答えてみせたが、ママは優しい微笑みを返し、静かに首を振るだけ。
「朝までなのよ」とでも言いたげなのは表情から十分に読み取れた。
そのうちに僕が返事に窮していると、こちらのことなどおかまいなしに店の片付けを開始。
それも10分と立たないうちに終えると、再び言うのだった。
「さあ、どうするの?」
財布には、わずかに1万数千バーツはあった。行って、行けないわけではない。ただ、僕の心はすっかりと意気消沈していた。
ナムさんのマッサージを受けて、いい気持ちになって、あわよくばその先まで・・・
なんて考えていた浅はかな思いは、初めからすっかり見透かされていて、今や彼女の前で完全に霧散霧消していた。
完全にこちらの負けだった。見事なまでの敗北。ママさんのほうが一枚も二枚も上手だったというわけだ。
「帰るよ」
そう絞り出すように声を上げると、僕は玄関に向かって歩き、静かに靴を履いた。そして、扉を押した。
この間、彼女はずっと黙ったままだった。背後からの「おやすみなさい」の一言もなかった。
ある意味で、失恋よりもつらかった。(次回からは県が変わります。)
番外編①
中部アユタヤの名物菓子と言えば、綿飴にも似た糸状の砂糖菓子をクレープのような少し塩気のある生地で包んで食べるロッティ・サイマイ。
ロッティが生地、サイマイが絹糸をタイ語でそれぞれ現す。タイ各地の伝統料理などはバンコクでもあちこちで味わうことができるのだけれど、この名物菓子だけは不思議なことになかなかお目見えしない、ちょっとした幻の味だ。
アユタヤ市内にはこの菓子を扱う店が集中する場所がある。そこを覗いてみることにした。3本の川に囲まれた旧市街地の中州。パーサック川にも近い南東の一角に、それはあった。通りの一辺に店がずらりと建ち並び、買い求める客が列を成している。
だが、どうだろう。人気店とされる店では確かにたくさんの人が並んでいるが、忙しさのためなのか・・・。
見して店員は無愛想。横から声を掛けてみたが、全く相手にもされなかった。